各務原関連史跡 2.山田寺跡+山田寺礎石
  寺の伝承では、大化5年(西暦649年)に蘇我倉山田石川麿によって建立されたと言いますが、いかに「山田」が付いていても、そこに起源を求めるのは少々無理があるようです。壬申の乱以後、村国男依一族の後代の人と各務の地名に基づく、各務 勝(勝姓は渡来系の人達。一説に各務=鏡に由来するとも掛れています)一族の人達によって、全国に国分寺が広がってきた、平城京時代に創建されたのではないか・・と推測します。『各務原市の文化財』にも時代考証はしてありません。ここには永禄7年(1564)織田信長の美濃攻めの時、兵火に掛かって、塔堂すべてを全焼しました・・・と書かれています。いずれにしても古い時代にこの地に塔堂伽藍の立派な寺が建っていた事は間違いないことと思って記録しました。

























各務原関連史跡
 2.山田寺跡+山田寺礎石
           
おしまい